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[重要] セキュリティアップデート Movable Type 4.22 の提供を開始
っていうのがあって、全く気付かないふりをして通していたけど、さすがに XSS の脆弱性の放置が叩かれる世の中でそれはよくない、と考え直した次第。
要約すると、暇だったからアップデートした。ただそれだけ。
で、今からテストを始めるつもりなんですが、開始する前に客観的に予想。
僕の強みはおそらく、
・原点思考
・公平性
・個別化
・自我
・成長促進
・着想
・適応性
・内省
・分析思考
の中の5つ、どれかだと思う。
では、結果はまた後で。
なんて言ってたけど、結果はこう。
先日、以前の上司と飲みに行きました。その人はITベンチャーに勤めており、
役職にもついちゃったりしていて。で、勧められたのが一時期話題になったこの本。
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ちょっと納得いかない。
合わなかった。
強点をさらに強くしたいひとに
弱点を克服するより、強みとなる才能を発見し顕在化させ磨くことが、最も成長する可能性がある。
疑問点がいくつか。原作も読んだ森博嗣の同作品を押井守が映画化。
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そして以下感想(ネタバレ含む可能性あり)。
・主人公ユーイチ(ユーヒチ)の上官であるクサナギの声質が少し気になった。
僕の完全な主観です。確かに無機質、無感情のキャラではあるんだけど、
それをナチュラルに演じられる声優を起用して欲しかったな。
作った無機質は鼻について感じられた。
これに関しては「いや、なにいってんだよ。よかったよ」という声があることを僕は信じたい。
・デジャヴュの克服。
物語後半に仲間が一人、対抗勢力の会社機に撃ち落とされます。
白髪の彼には、新聞を読み終えた後、新聞紙を折り目正しく折るくせというか仕草があるのですが、
彼の補充人員として配属された新人にも同じくせ、仕草があるのでした(死んだ彼よりも一回折る回数が多い)。
しかも見た目も白髪ということで、ここで既視感がユーイチと<<観客>>に同時に訪れます。
そしてユーイチの正体が暴かれます。
おなじことの繰り返しなのではないか? という疑問。
これが結局のところこの物語の肝であり、
<<おなじことの繰り返し>>という規制のなかであがけ、というのが監督の真意なのでしょう。
・『ドグラ・マグラ』を引き合いに出して。
夢野久作の渾身の大作『ドグラ・マグラ 上・下(ともに角川文庫)』が森博嗣の愛読書であることは、
ファンにしてみれば有名な話です。その影響が今作品に反映されているような気がしたので。
『ドグラ・マグラ』の主人公呉一郎において、モヨ子との許嫁関係を認めることは<<死>>を選ぶことと等価になります。
それは今作品における主人公ユーイチとある女性との関係に似ているような気がします。
ユーイチと女性の二人の関係はいつまでたっても変わらないもので、ずっと永遠にこのままなのか、と堕落の愛を予感させるほど、『スカイ・クロラ』では深刻に扱われているテーマでした。
「殺されたい? それとも殺したい?」というのもまた、夢野久作『冗談に殺す』の中にある「……殺しても……いいのよ」という台詞と同じものを感じます。でも、これは映画とはあまり関係ない話題だなー。
・最後に。
ちゃんと最後までみろって!
エンドロール始まって席立ったら、意味ねーから。
///追記
ドグラ・マグラが青空文庫でいつの間にか読めるようになってました。
軽く読むにはちょうどよいかと思います。
Web 上ですべて読むのは、ただでさえ読むのが辛いと言われるこの作品の過酷さを五割増くらいにするのではないか、と思うけれども。
先日、それほど親しいわけではない、けれども身近な人が亡くなられた。
死因については詳しくは知りませんが、
事故が原因(どんな事故かも知りません)だということです。
こういった場合残された親族の方々にどう接したらいいか困るわけです。
僕は故人とは確かに知り合いではあるけれど、
数回会話した程度のおつきあいですので、
親族の方々の絶望感/喪失感とはちょっとした隔たりがあるんですよね。
いっしょに悲しめたら一番いいんだろうけど、
本当にそこまでの思い入れがあるのか? と問われてしまうともう駄目。
正直、かなり他人事だと思っている。
僕も事故に気をつけなきゃな、と他人のふり見てなんとやらな気分だったり。
いや、別に悲しくない、というわけではないよ。
ただ、とても若くして突然に亡くなられたので、
なんだかなあ、っていう空虚な気分に支配されてしまったのです。
日頃、「みんな死ぬんだから死ぬのは当たり前、生きているってことが特別なんだよ」
みたいなことを思っていても、事故死って聞くとなんだかなあ、な訳。
正直、かける言葉がないです。
そういった意味で、香典だとか、弔電だとか、
お通夜/告別式というシステムはかなりよくできているんだなあと思った。
変にナーバスなもやもやした気分を祓うためのシステムなんだと実感した。
やっぱり弔いっていうのは生きている人のためのシステムなんだね。
人間は感情がものを言いすぎる生物ですので、
こういったときには機械的に処理する、されるっていう方が楽なんだなあ。
法律もそうじゃない。結局心情で判断できないから理で持って解決するわけで。
いろいろ杓子定規に見えるようでも、なにかしら合理性があるんだってことなんだね。
それにしても、事故で亡くなられた故人に「かわいそうだなあ」としか思えないことが残念。
それまで楽しいことも、幸せなことも数多くあっただろうに、
ただ、不意の事故で命を失っただけで「かわいそうな人生」とくくられてしまうのは本当に残念。
死んだらいいわけできないから、故人は「かわいそう」って言われっぱなしなんだよな。
けれど、やっぱり事故だからそう思うんだろうね。病死だったらまた別なんだろうな。
これいい曲だわ。中島みゆきはすげえ詩人だわ。
勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離
『勧酒』 于武陵
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ訳:井伏鱒二
井伏鱒二の名訳で知られる『勧酒』である。
つい最近、Web上で知りふと思ったことがあるので書いてみる。
さよならだけが人生だ、という言葉自体はなじみのある言葉だった。
語呂がよく(七五調)、なにより単純に受け取ると実にニヒリズムにあふれた言葉、という印象。
そしてそのインパクトから、前後の文脈からは断絶され、ネガティブでニヒルなだけの印象となっている。
僕にいたっては、「サヨナラ」ダケガ人生ダ の前に言葉が続いていて、そもそも詩をなしている、
一パートであることすら知らなかった。
けれども井伏鱒二の訳文を全文読んでみたら、ニヒルなんかではなく、ただのネガティブなわけでもないことがわかった。
そこにあるのは、友の栄光を願い、辛いはずの別れを笑って見送る強さであった。
いってみればポジティブ。別れなんてなんともない、と言い切ってしまうポジティブさがここにあった。
そこに気付いたときにやはりあの二人のことが頭に浮かんだ。
そう甲本ヒロト、真島昌利の二人である。
再三申し上げているように、ヒロト・マーシーの詩の良さはネガティブの行き過ぎで、
限りないポジティブを言葉に乗せることである。
うんざりなんてしてて当たり前
絶望なんてしてて当たり前
あきらめるのは簡単だ
簡単すぎてつまらない
イェー 腰は大丈夫一人で大人一人で子供 詞・真島昌利
この世にはどうしようもないことは山ほどある。
思い悩むことは大事だが、どうにも解決できないことはどうにも解決できないのだ。
そのことに気付いた後、人間は強くなるのだろう。
ネガティブの行き過ぎがポジティブになる、と僕が表現しているのは、
足るを知ること、と言い換えてもいいかもしれない。
僕らにとって大事なのは、権力かもしれない。肩書きかもしれないし金銭的な余裕かもしれない。
そして、それらを行使/享受できるのは生きているからに他ならない。
だからこそ僕らは生きていなければならない。だから他人をむやみに傷つけたりしてはいけない。
なにより、自らを傷つけるようなことはしてはいけない。
僕らは必ず死ぬのです。
死ぬことからはじめよう、と僕がいつも思っているのは、
生きていれば万事オーケー、の裏打ちとしてそう思っているからであり、
その修辞法は上記の作品群のような、文学詩的な心から来ているのだ、と考えている。
詩は誰にでも読めて、誰にでも書けるものだ。
詩人には誰だってなれるのだ。
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岩波文庫も良いけれど・・・
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やっぱしハイロウズでしょ!日本のperlの偉い人の文章に触発された。
オープンソース云々っていうことでなく、もっともっと根本的ななにかのところで。
引用はないので是非リンク先を読んでくださいな。
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「したいから」「やりたいから」っていうのは、とっても大事なこと。
もっと究極的に言うと「あり」か「なし」という感じか。
そして、
「他人のために役立つことをしよう」
「ボランティア精神だよ」なんていうのはクソ食らえだし、信用できない。
あなたがロボットでもない限り、最善手は常に「自分のため」であるべきだ。
ある事象に対してのアクションは幾通りか考えられる。
その中で自分にとって最善を選ぶといった場合に、
「あり」「なし」ジャッジは重要かつシンプル、すっげえ楽。
それをいわゆる「わがまま」なんていわれちゃうと困る。言葉って怖い。
同音異義語はアクセントや文脈で判別する。
しかし、同語であっても同義とは限らない場合もある。
ヒトは個々にそれぞれの言葉のそれぞれの定義を持っているのだから。
同語であっても個々人の定義によって意味は変わる。
ということで緊急再定義。
「わがまま」全然悪い言葉じゃない。
僕等ひとりひとりを、「サル」か、「人間」かに区別する言葉だ。
読んで字の如く「我が儘」に生きる
決して「誰がために鐘は鳴」らさない。
判断をするのは誰?
あなたがするのならばいわゆる「ボランティア活動」も「わがまま」の一つだよ。
えっ? 「やれって言われた」だって?
誰に? 権力者に言われたの? 「従うことにするよ、いやいやだけど」へえ。
それを決めたのは誰だろう? 従うのを決めたのは誰?
それはあなた自身だろうし、あなたしかあり得ないだろう。
あなたは自分の判断で「従うこと」にしたんだよ。すごいじゃん。
自分で何でも決断してるじゃないか! ちょっとは相談くらいしろ、この「わがまま」野郎め!
日本では信仰する神だって選べる時代なのだから、
自分の振る舞いくらい好き勝手したところで問題ない。
「わがまま」
もちろんそれであなたに不利益が生じる場合もある。
同僚に白い目で見られたり、いざというとき援助してもらえなかったり。
でもさ、それを見越して「わがまま」いう場面だってあるさ。
尻を拭く覚悟はいつだって出来ているんだ。
最後に。
他人の「わがまま」が苛立ったり羨ましく思うなら、
それを奪うことや無価値なものにすることだってできる。
そうだろう、マルクス?
と、いうのは言い過ぎだろうか?
当方相当ハードに中学高校と部活動にいそしんできた。
中学生のころは「これ以上精神的肉体的に辛いことなどこの世にない」と思っていたが、高校に入るともっと辛かった。
しかし高校生の時分に思った「これ以上~」な思いは、未だに覆されずに、僕の生き方の根底にある。
肉体的な面でもそうだが、実は精神的な面の方が社会においては役に立つと思う。
体育会系の部活動って実に理不尽があふれている。先輩との上下関係しかり、わけのわからん精神論での体罰しかり。
しかしこれを真正面から批判しようものなら、空気読めない君になってしまうわけだ。
というのも、部活動の顧問って公務員にとってはお金にならない役職なんですよね、確か。
それなのに、毎日何時間もいっしょに汗流して付き合ってくれているわけで。
そういう恩義を感じる部分もあるから、監督先生を批判するっていうのは、やっぱり気が引ける部分がある。
上下関係にしたって、自分たちに後輩ができたら一切やめよう、っていう不文律が同級生の間でできていたので、なんとかこなせてきたという感じ。
すべからくポジティブに甘受してきたわけだ。
でね、
僕が言いたいのは何事も甘受しろっていう話ではないわけ。
すべてをポジティブ思考でってわけでもないわけ。
いいたいことは一つ。
「変な人間関係に縛られてしまうな」ってこと。これが根本。
先生、先輩っていうものに縛られてしまうのは生徒/学生まででOK。
社会に出たらそういうのは関係ない。上司ってのはうるさいかもしれないし、理不尽に威張るかもしれない。
しかしそういう機関であると思えば問題ない。
それで上手く回っているならば機関としては上等。見習うべき所もあるかも知れない。
円滑に回らない、それは機関として不適当。ならば代替物を探すべきであるし、探すことを提案すべきである。
その他の部分は徹底的にビジネスライクにいけばよい。自分にとって都合がいいか悪いかで動いて問題ない。
そのかわり尻も全部自分で拭く。これが大事。尻を拭くっていうのはタフじゃないとできない。
そもそもタフじゃないと尻を拭く場面にでくわさない。
そこのあなた、あなたは拭いているんじゃない。逃げようと思ったところを捕まって拭かされているんだよ。
提案すること。尻を拭くこと。どちらもタフじゃなきゃできないでしょう。
でも上司なんて腐るほどいるわけです。他の会社に転職してもいるわけです。
でも部活動の顧問って退部するか転校するかしないと変わらないでしょ。
転校って学生/生徒のレベルで簡単に選択できること?それこそ自分で尻を拭ける範疇の事象?
ちょっと話がよじれてきた。整理しよう。
- 社会生活において「変な人間関係」に縛られてしまうのはやめよう。
- 自分の都合でどんどん動こう。
- ただし「どういう目で他人にみられるか」の意識とそのもろもろの見返りを全て受け止める下地を持っておかないと辛い。
- 部活動は精神的/肉体的タフネスをという下地を与える。
という感じですかね。ありゃ僕の文章構築能力のなさといったら。
まとまらないけど書いたので出す。いわゆる脱糞エントリ。
本日休みだったということで軽い読書。
以前から気になっていた、ポール・スローンのウミガメのスープ―水平思考推理ゲームをBOOK OFFで購入する。300円。
表題作である『ウミガメのスープ』以上のインパクトある問題が少なくて、正直がっかし。
訳も中途半端だからアンフェアな叙述トリックが多いし。
水平思考というのが、この本書を則る思考法です。
いろいろな側面から仮説をぶち当て、複数の問題を全て解決する説を見つけるのです。
宮本茂のいうところの<<アイディア>>がまさにそれでしょう。
糸井 まえに岩田さんと話したときに、
「アイデアというのはなにか?」
という話をしたじゃないですか。
岩田 宮本(茂)さんのことばですね。
糸井 そうです。つまり、宮本さんによれば、
「アイデアというのは
複数の問題を一気に解決するものである」
ということなんですが、
この話を事務所のみんなにしたところ、
ものすごく感心されまして。
せっかく岩田さんがいらっしゃってることだし、
あの宮本さんの発言の意図と、岩田さんの分析を
くわしく聞かせてもらえたらなと思うんですが。岩田 あれは、ゲームをつくってるときに、
宮本さんが言ったんですよ。
ですから、宮本さんは
ゲームをつくるときのひとつの方法論として、
おっしゃってたんですけど、
わたしは、ゲームづくりに限らず
万能な考え方だと思うんですよね。
HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN - 1101.comより
さすがちゃぶ台返しerです。いうことが違います。
また、こちらでは<<水平思考>>と直接使われております。
- 横井の哲学に、「枯れた技術の水平思考」という言葉がある。
横井軍平 - Wikipediaより
どちらも奇しくも任天堂を代表したエンジニア。そりゃあ新しいものを作るわけだわ。
Rubyはやっとこさ 第16章-FileクラスとDirクラス- に突入。まあまあゆっくりやりましょう。
6月くらいまでにはRuby技術者認定試験(Ruby Association Certified Ruby Programmer)を受けて合格したいものです。






