抽象の最近のブログ記事
で、今からテストを始めるつもりなんですが、開始する前に客観的に予想。
僕の強みはおそらく、
・原点思考
・公平性
・個別化
・自我
・成長促進
・着想
・適応性
・内省
・分析思考
の中の5つ、どれかだと思う。
では、結果はまた後で。
なんて言ってたけど、結果はこう。
先日、以前の上司と飲みに行きました。その人はITベンチャーに勤めており、
役職にもついちゃったりしていて。で、勧められたのが一時期話題になったこの本。
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 151

ちょっと納得いかない。
合わなかった。
強点をさらに強くしたいひとに
弱点を克服するより、強みとなる才能を発見し顕在化させ磨くことが、最も成長する可能性がある。
疑問点がいくつか。ピ○チュウの自我が目覚めた。
(僕らはどうして自分たちの"魅力"を切り売りして、他人の利益になるよう忠実な下僕のように、見ず知らずの人間を喜ばせなくてはならないんだろう)
彼がこのような疑問を持ったのは初めてであった。
ピ○チュウのそんな表情を感じ取り、ケ○ロ軍曹が声をかけた。
「なあ、なにを考え込んで居るんだ? 」
「いや、僕たちキャラクターって奴は、結局のところ誰かに利用されているだけなんじゃないかって思ったんだ」
「どういうことだい? 」
「だってそうじゃないか」ピ○チュウは興奮からかしっぽの先から放電した。「僕らは自分自身が評価されていることを知っている。けれどもその評価は僕たちになんの利益をもたらしたいんだい? そうだろ? 僕らの評価は誰でもないおもちゃ会社の利益に直結しているじゃないか。僕らへの評価は僕らになにをもたらしたんだい? 」
「ああ、なるほど。確かにそうかもしれないが……」ケ○ロ軍曹が言葉を濁したそのとき、「プーッ クスクスクス」と二人の背後から嘲笑ともとれる不遜な笑い声が聞こえた。
「誰だ」ピ○チュウが振り返る。下半身のひねりで、先ほどよりは落ち着いた放電状態のしっぽは弧を描き蛇のようにしなる。宙に浮かんだアンモナイトの螺旋のような光の残像を、ケ○ロ軍曹は、綺麗だ、と思った。が、ピ○チュウの視線の先にいる男を見て、その思いは余韻に浸る暇さえ与えず打ち消えた。
「お前が笑ったのか」男にピ○チュウは詰め寄った。
「や、やめろピ○チュウ……」
興奮したピ○チュウを止めるには、ケ○ロ軍曹の言葉は弱かった。それもそのはずだ。彼は萎縮していた。ピ○チュウの前に立つ、青い球体状の男を目にした瞬間から。
「なぜ笑った。答えろ」。
「いやあ、失敬。あまりにも馬鹿莫迦しいことで、プーッ、熱くなっているものだからね、クスクス」「馬鹿莫迦しいって? いま馬鹿莫迦しいってそういったのか? 」
「ああ、そうとも」男は二三度、深呼吸し息を整え「君には見えていないんじゃないか?」と付け加え、「君には、僕たちキャラクターっていうものがおもちゃ会社のためにあるってことを」と駄目を押した。
男はピ○チュウの反応を待たずに続けた。
「いいかい、僕たちキャラクターには、感謝しなくてはいけないものが三つある。一つは生みの親である作者先生様、一つは僕たちを肯定してくれているお客様、そして最後の一つは僕たちを管理運営してくれているおもちゃ会社の首脳陣、まあこれはおもちゃ会社っていいかえてもかまわないが」
「そんなのでたらめだ。僕は作者である先生にも、僕たちを手にとって喜んでくれているお客様にも感謝している。けれど、おもちゃ会社は僕たちに何をしてくれたっていうんだ? 何を感謝しろっていうんだ? 」
「管理だよ、管理。僕たちは一人じゃなにもできないんだよ。君たちの映画だって、君一人じゃできやしないだろう。そういうところをおもちゃ会社の皆さんがやってくださっているんだよ」
「違う、僕は映画になんて出たくなかった」ピ○チュウは金切り声で叫んだ。「あんな指の先まで決められた動きをしなきゃいけないような、不自由な環境にはいたくなかった」
プーッ、クスクスクス。男は笑う。「きみはばかだなあ、実にばかだなあ」プーッ、クスクスクス。「いいなりになっていればそこそこいい身分だろうに」プーッ、クスクスクス、バカダナアバカダナア。
男は哀れみを込めたまなざしと、言葉にしづらい笑い声と、音声学者と文学者が結託してどうあがいても決して文字にできないような足音を残して去っていった。
ピ○チュウは動けなかった。
(僕の思っていることは、本当に間違っているのだろうか)
「ピ○チュウ、あの人のいうことは正しいよ」
さっきまで石のように立ちすくんでいたケ○ロ軍曹が声をかけた。「僕たちはおもちゃ会社あっての僕たちだよ」
(本当にそうなんだろうか、本当にそうなんだろうか)
「だから僕たちはおもちゃ会社のために、もっともっとお客様を満足させるような"魅力"を身につけないと行けないんだよ」
(ならば、何故、僕たちの"魅力"は僕たちに直接的な利益をもたらさないんだろうか)
「とにかく、今日のことは忘れてさ、またピカーッっていってるお前にもどれよ」
(もう遅いんだ。僕は気付いてしまったんだ。そしていま迷っているんだ。僕の持っている魅力を存分に発揮してお客様を喜ばしたいんだけど、その手柄をすべて会社にとられると思うと、僕は……)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ということがあったとしよう。
僕たち偽装派遣はすべからくこの物語で言う「ピ○チュウ」なのだ。
お客様から評価を受けながらも、それはどこにも蓄積されない評価なのだ。
僕らの"魅力"は仕事の内容で決まるのだろうけれども、僕らの利益は案件内容で決まっているのだ。どれだけの評価を受けながらも、案件内容で利益は決まるのだ。
魅力があればあるほど、仕事の内容が良ければ良いほど、飽和した部分は死んでいくのだ。
僕たちは搾取された涙ばかりの利益でがんばればいいのか。
いや、できる限り最高の仕事をするのがいいのか。
それとも、体力との兼ね合いをとるべきなのか。
とにかく、自分の利益を守るべきなんじゃないのか。
エアコンから水しぶきが定期的に室内に吹き出されるので、アパートの管理会社に交換を依頼した。
でその工事日が昨日だったのだけど、作業を見ていろいろ思ったことがあったので書いてみる。
1.段取り大事だな
業者のおじさんはひとりでやってきた。さくさく仕事をこなし、作業に迷いがまったくない。
単純に慣れているっていうのがあるんだろうけど、段取り/ルーティン化が完璧になっているからそう見えたのだろう。
エアコンを取り外す際には少々強引にも思えたが、これだけ手早くやられると、そういう方法しかない、と思えてしまうから不思議だ。
いや、実際そういう作業なんだろうけど、みている素人に不安やら不信感を全く与えない仕事ってなかなかできない。
2.道具は大事だな
作業中、いろいろ業者のおじさんと話していたんだけど、道具というか工具についていろいろ質問してみた。
僕の哲学のようなものの中に、「ものを作る人は偉い。ものを作るためのモノ(道具)をつくる人はもっと偉い」というのがある。
そういったところから工具に関してはわりかし関心度が高い。
複雑な<機械>でなく単純な<器械>であるし、それがすっげー高価だったりすることの痛快さ。
これが結構好きなんだよね。一点特化型っていうのはかっこよく見えるし。
さて本日、感心した工具は以下。
工具に対しての注釈は業者のおじさんの説明と僕の想像との混同。
僕は専門家ではないので勘違いしている可能性あり。
・MCC製 VA線ケーブルストリッパ
![]()
電源ケーブルの皮膜剥き(心線剥き?)に使用していた。
実家でテレビのアンテナなおしたり、ファミコンのケーブルなおすときなんかにカッターで剥いていたから、
カッターだと力の加減が難しいわ、案外時間かかるわってのは知っていたので、
この工具で一瞬にして剥き出しになったケーブルをみて感動した。
業者のおじさん曰く「『職人』な人はコレ使わないってこだわり持っている人もいるんだよね」だとか。
下らないなーと思った。便利な工具を使わない職人ってなんなんだろう。
そのこだわりが仕事に反映されるならいいけど、ケーブル皮膜剥きでそんな違い反映されるの?
・ROBINAIR製 ポケロビ
![]()
下記のリンクを見ていただくとわかると思うけど、
エアコン取り付け時には、室外機内部に含まれている冷媒のガスを、エアコン内部に送り込むのが仕上げとなるそうです。
その際に、エアコン(室内機)から伸びているパイプには既に空気が含まれているわけで、
空気吸い出して真空にする。→室外機から室内機へ冷媒のガスを送り込む。
という手順が必要になるそうな。
この作業をエアパージと言うらしく、ポケロビで行うのはエアパージでいうところの「真空引き」というやつ。
使い方は、この工具を室外機のパイプのあたりに圧力計とともに取り付けて(室内機-パイプ-室外機-圧力計-ポケロビ)、
電動ドライバーで工具のネジ部を回すと、の空気が追い出される仕組み。たぶんそうとう簡単な機構だと思う。
業者のおじさん曰く「これができる前は電動のポンプ持ち歩いていたんだよ」だそうな。
高所でも使用できるし、なにより小さいし電源を必要としないし。
電動(旧来のポンプ+電源)から半電動(ポケロビ+電動ドライバー)くらいに"技術的退化"しているように思えるけど、
それが現場の意見にマッチしていたんだからすごい。「コロンブスの卵」ってこういう事例を説明するためにあるんだな。
この工具だけジュラルミンのブリーフケースに入っていたので、
「これだけ特別なんですね」と尋ねたら、
「そうだよー。これが今までの『ただの作業』を『仕事』に格上げするんだよー」と言っていた。名言。
・カベッコ ABS樹脂製 SD-125
たぶんこれだと思うけど。もしかしたら違う製品かも。
石膏ボードに直接ネジ打ち込んで固定ボードひっかけても耐久性がないってことで、
ネジ--->エアコン固定ボードを引っかける--->カベッコ--->壁
で取り付ける。ネジをカベッコのネジ頭にねじ込むことで、カベッコの先が開いて固定される。
ネジにネジ、って発想はすごいし、なによりかっこいいよね。合体だよ合体。
作業を終えた業者のおじさんに、エアコンで一休みして帰ってもらった。
「いやー涼しいねー」とかいってたので、
「僕の自慢のエアコンですから」といったらうれしそうだった。
時をかける少女を視たわけなんですが。
ストーリーについてはまあどうでもよくて。
いやもちろんストーリーもいいけど、あえて語るまでもないという感じ。
使い古された手法であり、ベタな展開でありとてもわかりやすい映画。決してけなしてない。むしろ誉めてる。
とにかくSF的な青春の物語である。誰しもが一度は通る道。だからストーリーはどうでもいいや。
とにかく画が綺麗、というか趣味にあう。単純に明度と彩度の高い画が好きなだけかも知れない。
監督の趣味なのか作画監督の趣味なのかわからないが、これはいいものを視た、という感想を持った。
売り上げランキング: 28
上のアフィリエイトのamazonリンク先の画像を見て頂ければわかると思うが、入道雲がなんとも美しいのである。
僕は夏が四季の中で一番好きなんですが、その理由として、
・日差しが強く、見慣れた風景が色彩豊かに見える
・空が真っ青に見える
・空が低く見えるので、入道雲が近くにあるように見える
という理由が挙げられる。
その夏のよさをこのアニメ映画は全て満たしていた。
青春時代を思い出す引き金になる作品は、どのジャンルで作成すべきか考えるならば、僕はアニメじゃないと無理だという答えをだす。青春って美しすぎて、現実の実写がどんだけ最先端化されても追いつかないくらい美化されているんだよね。
人間は常に現実にある事象をありのまま捕らえて生きているわけじゃない。
現実世界を捉えたのち、脳内でなにがしかの象徴に置き換えられているわけだ。
それはデータを補正し転送することに近い。もしくは圧縮し転送しているのかもしれない。
Mpegの技術みたいなものだね。実はとっても人間らしい行いだったんだな、あれって
とにかく、人間はありがままを受け止める能力は持ち合わせていないし、
なにより受け止めて保持する能力は持たないと僕は考える。
記号的で象徴的なものを人間は現実として捕らえているわけで、だからこそ『思い出の美化』があるわけだ。
そこに実写をぶつけたって駄目だよな。
それはグロテスクにしか映らないと思うんだ。
土門拳がリアルを追求してシワの一本一本まできっちりレンズに収めようとしたとき、
"リアル"をこえて"シュール"になってしまったことを僕は知っている。
普段見えてないもの、もしくは見たくもないものまでが鮮明に映し出されたのを目の当たりにすると、僕等はとまどってしまうのだ。「こんなのじゃない」「こんなものは見たくもない」ってね。
だからデジタルカメラの高画素化とかちょっと懸念する部分もある。
そこまで人間の眼っていいのかなって思う。
いや眼はレンズに比べたら確かにいいんだろうけど、脳はそれらデータを欠損無くまんま受け止められるのかな。
人間って案外薄ぼんやりした霧の中でうごめいているだけの曖昧模糊の生き物なんじゃないかって思う。
ここらへんは学生時分に<<印象派>>の一般教養授業を受けたときに思ったこととも似ている。
とにかく、青春のイデアをこの作品は描いていたよ。
入道雲大好きな人は是非見たらいいと思うよ。
そうそう、マーシーもこういう詩を書くよね。
最後に、これはフィクションだから高いところから飛び降りても、みんなはタイムリープできないから真似しないでね。
日本のperlの偉い人の文章に触発された。
オープンソース云々っていうことでなく、もっともっと根本的ななにかのところで。
引用はないので是非リンク先を読んでくださいな。
=================================================
「したいから」「やりたいから」っていうのは、とっても大事なこと。
もっと究極的に言うと「あり」か「なし」という感じか。
そして、
「他人のために役立つことをしよう」
「ボランティア精神だよ」なんていうのはクソ食らえだし、信用できない。
あなたがロボットでもない限り、最善手は常に「自分のため」であるべきだ。
ある事象に対してのアクションは幾通りか考えられる。
その中で自分にとって最善を選ぶといった場合に、
「あり」「なし」ジャッジは重要かつシンプル、すっげえ楽。
それをいわゆる「わがまま」なんていわれちゃうと困る。言葉って怖い。
同音異義語はアクセントや文脈で判別する。
しかし、同語であっても同義とは限らない場合もある。
ヒトは個々にそれぞれの言葉のそれぞれの定義を持っているのだから。
同語であっても個々人の定義によって意味は変わる。
ということで緊急再定義。
「わがまま」全然悪い言葉じゃない。
僕等ひとりひとりを、「サル」か、「人間」かに区別する言葉だ。
読んで字の如く「我が儘」に生きる
決して「誰がために鐘は鳴」らさない。
判断をするのは誰?
あなたがするのならばいわゆる「ボランティア活動」も「わがまま」の一つだよ。
えっ? 「やれって言われた」だって?
誰に? 権力者に言われたの? 「従うことにするよ、いやいやだけど」へえ。
それを決めたのは誰だろう? 従うのを決めたのは誰?
それはあなた自身だろうし、あなたしかあり得ないだろう。
あなたは自分の判断で「従うこと」にしたんだよ。すごいじゃん。
自分で何でも決断してるじゃないか! ちょっとは相談くらいしろ、この「わがまま」野郎め!
日本では信仰する神だって選べる時代なのだから、
自分の振る舞いくらい好き勝手したところで問題ない。
「わがまま」
もちろんそれであなたに不利益が生じる場合もある。
同僚に白い目で見られたり、いざというとき援助してもらえなかったり。
でもさ、それを見越して「わがまま」いう場面だってあるさ。
尻を拭く覚悟はいつだって出来ているんだ。
最後に。
他人の「わがまま」が苛立ったり羨ましく思うなら、
それを奪うことや無価値なものにすることだってできる。
そうだろう、マルクス?
と、いうのは言い過ぎだろうか?
当方相当ハードに中学高校と部活動にいそしんできた。
中学生のころは「これ以上精神的肉体的に辛いことなどこの世にない」と思っていたが、高校に入るともっと辛かった。
しかし高校生の時分に思った「これ以上~」な思いは、未だに覆されずに、僕の生き方の根底にある。
肉体的な面でもそうだが、実は精神的な面の方が社会においては役に立つと思う。
体育会系の部活動って実に理不尽があふれている。先輩との上下関係しかり、わけのわからん精神論での体罰しかり。
しかしこれを真正面から批判しようものなら、空気読めない君になってしまうわけだ。
というのも、部活動の顧問って公務員にとってはお金にならない役職なんですよね、確か。
それなのに、毎日何時間もいっしょに汗流して付き合ってくれているわけで。
そういう恩義を感じる部分もあるから、監督先生を批判するっていうのは、やっぱり気が引ける部分がある。
上下関係にしたって、自分たちに後輩ができたら一切やめよう、っていう不文律が同級生の間でできていたので、なんとかこなせてきたという感じ。
すべからくポジティブに甘受してきたわけだ。
でね、
僕が言いたいのは何事も甘受しろっていう話ではないわけ。
すべてをポジティブ思考でってわけでもないわけ。
いいたいことは一つ。
「変な人間関係に縛られてしまうな」ってこと。これが根本。
先生、先輩っていうものに縛られてしまうのは生徒/学生まででOK。
社会に出たらそういうのは関係ない。上司ってのはうるさいかもしれないし、理不尽に威張るかもしれない。
しかしそういう機関であると思えば問題ない。
それで上手く回っているならば機関としては上等。見習うべき所もあるかも知れない。
円滑に回らない、それは機関として不適当。ならば代替物を探すべきであるし、探すことを提案すべきである。
その他の部分は徹底的にビジネスライクにいけばよい。自分にとって都合がいいか悪いかで動いて問題ない。
そのかわり尻も全部自分で拭く。これが大事。尻を拭くっていうのはタフじゃないとできない。
そもそもタフじゃないと尻を拭く場面にでくわさない。
そこのあなた、あなたは拭いているんじゃない。逃げようと思ったところを捕まって拭かされているんだよ。
提案すること。尻を拭くこと。どちらもタフじゃなきゃできないでしょう。
でも上司なんて腐るほどいるわけです。他の会社に転職してもいるわけです。
でも部活動の顧問って退部するか転校するかしないと変わらないでしょ。
転校って学生/生徒のレベルで簡単に選択できること?それこそ自分で尻を拭ける範疇の事象?
ちょっと話がよじれてきた。整理しよう。
- 社会生活において「変な人間関係」に縛られてしまうのはやめよう。
- 自分の都合でどんどん動こう。
- ただし「どういう目で他人にみられるか」の意識とそのもろもろの見返りを全て受け止める下地を持っておかないと辛い。
- 部活動は精神的/肉体的タフネスをという下地を与える。
という感じですかね。ありゃ僕の文章構築能力のなさといったら。
まとまらないけど書いたので出す。いわゆる脱糞エントリ。







