いま巷で話題の居酒屋タクシーであるが、
実は僕、乗ったことあります。
退勤時間が朝の4時だったことが一時期あり、
始発ももちろん走ってないので、タクシーで帰宅することが許可されていました。
で、駅前からタクシーを拾って帰るわけです。
もちろん交通費は出るのですが、カード払いでしかも返ってくるとはいえ、
やはり出費は避けたい物。
なるべくなら安いタクシー、そうです、個人タクシーを選んで乗っていました。
個人タクシーには「でんでん虫」と「ちょうちん」があります。
「でんでん虫」が東京都個人タクシー協同組合。
「ちょうちん」が東京都営業協同組合。
で「でんでん虫」の方が厳しい規定があるとかないとか。
というわけで僕はしっかり接客してくれると評判の「でんでん虫」に乗っていました。
ある日、いつものように朝方タクシーを捕まえました。
「でんでん虫」の運転手はとても愛想がいい方でした。
柔和な圓生みたいな人でした。以降、寝床さんと呼びます。
圓生の落語は寝床しか聞いたことがないので(節々が痛むって奴)。
話すのは嫌いじゃないので、寝床さんと会話を続けていると、
どうやら自分の話をするのが好きな人だったみたいで。
「いやー、頭のいい人ってのにはかないませんよ」
「やる人ってのはやる顔してるんですよね」
「年齢なんて関係ない」
「私はいいやり方は頭下げてでも教えてもらいますよ」
「社内ベンチャーですよ」
いや、これだけ並べたってよくわかんないと思います。
では説明を。
(*注:ここから"圓生さん"が現れますが、"寝床さん"と同一人物として置き換えて読んでください。
夜勤明けだと駄目だね……)
実は寝床さんには仲のいい若い後輩がいたそうです。
その人は最初の月から100万を超える月の売上げを上げていたそうです。
正直そんなこと無理。若いから休まないっていうのもあるだろうけど、
それを差し引いたって無理。圓生さんは気になりました。
ある日圓生さんは彼に頭を下げ、「教えてくれ」と頼みました。
後輩はすんなりタネを明かしました。それは、
・会社からの帰宅など日常で長距離を利用する(した)お客に、個人的に電話番号を教える。
・「これからは私を直接指名してください」と名刺も渡し売り込みもする。
・もちろん指名をしたお客が得するように好みを聞く。
・飲み物、おつまみ、栄養ドリンク、好きな音楽のジャンルまで聞く!!。
・乗せる場所から下ろす場所までの手書きの地図をノートに書く。
・疲れてる常連さんに何度も道の説明をさせないため。
これを聞いて圓生さんは驚いた。これって実は違反なんですよね。
法律に触れるのかな、詳しいことはわからないけど。
とにかく無線使わないで個々の携帯でやりとりするのは違反です。たしか。
「いやーこんなことお客さんに話さないんですけどね。
あっお客さん、後ろのクーラーボックスにお菓子と栄養ドリンクあるから、どうぞ」
くだんの飲み物/おつまみ常備はガチだったわけだ。
圓生さんは僕に栄養ドリンクとおつまみをくれた。
話戻って。
で、圓生さんは後輩に「何故そんなことをするのか」と尋ねます。
違反するのはリスク高くないか、ということです。しかし後輩からの返答で納得してしまうわけです。
「タクシーの運転手って積み重ねがないじゃないですか。毎日ゼロからのスタートってばからしい」
なるほど、確かにそうです。
今日長距離のお客を面白いように拾えても、明日から全てせこい客じゃあ意味がない。
天気がどうかもわからない。蓄積されていくのは土地勘と運転技術くらいでしょうか。
なにより、"馴染みの客"が作れない。これが一番大きい。
「だから僕は仕事帰りとか定期的に長距離を利用するお客を僕の"常連"にしたんですよ」
この話を聞いて鳥肌が立ちました。
こんなことナニワ金融道位でしか聞いたこと無い。
そこで圓生さんは後輩の"部下"になったわけです。
後輩が常連を乗せているときに、別の常連から電話がかかってきた場合、
圓生さんの車が空いていたら乗せる。圓生さんは空車の時間を減らせた分、後輩にバックを渡す。
こういう図式を作って仲間をどんどん増やしていったそうです。
「社内ベンチャーですよ」はここででた言葉。名言。
結局このくだんの後輩は、3年で貯金をするだけして会社を興したそうです。
そしてノウハウだけを圓生さんに渡し、圓生さんが"部下"もなにもかも引き継ぐ形に。
これって誰も損してないんだよね。
公務員に云々っていうのが問題なんだろうけど、
実際公務員以外にもこうやってサービスしていた人はいるわけでさ。
居酒屋タクシー別に良いと思うけどなー。
家の前について支払いしながらもまだ話していた。
「ね、今日はあなたを乗せて5万5千円の売上げですよ」
ノートを広げて見せてくれた。20時頃からはじめていきなり2万円のお客(常連なんだろう)を、
乗せているから効率もよさそう。距離が長いから客数自体は少ないし。
「で、わたし夜だけですから毎日走れるでしょ。まあ大体平均して日に5万稼ぐ。
週五日×5万円×4(週)=100万円(一ヶ月売上げ)ですよ」
なるほどねー、と僕は支払いのカードを財布にしまい外に出ようとした。
圓生さんは助手席にあるなにかを、がさごそやっていた。
「ビールは? それともチューハイ?」すっごい笑顔だった。クーラーボックスいくつあんだよ。
いや俺酒のめねーし、と思いながら、いや充分です、ごちそうさまです。と言った。
「どーもー、お休みなさーい」
僕は家の前で走り去る圓生さんのタクシーを見送りながら思った。
「僕には名刺くれないんだな……」
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