日本のperlの偉い人の文章に触発された。
オープンソース云々っていうことでなく、もっともっと根本的ななにかのところで。
引用はないので是非リンク先を読んでくださいな。
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「したいから」「やりたいから」っていうのは、とっても大事なこと。
もっと究極的に言うと「あり」か「なし」という感じか。
そして、
「他人のために役立つことをしよう」
「ボランティア精神だよ」なんていうのはクソ食らえだし、信用できない。
あなたがロボットでもない限り、最善手は常に「自分のため」であるべきだ。
ある事象に対してのアクションは幾通りか考えられる。
その中で自分にとって最善を選ぶといった場合に、
「あり」「なし」ジャッジは重要かつシンプル、すっげえ楽。
それをいわゆる「わがまま」なんていわれちゃうと困る。言葉って怖い。
同音異義語はアクセントや文脈で判別する。
しかし、同語であっても同義とは限らない場合もある。
ヒトは個々にそれぞれの言葉のそれぞれの定義を持っているのだから。
同語であっても個々人の定義によって意味は変わる。
ということで緊急再定義。
「わがまま」全然悪い言葉じゃない。
僕等ひとりひとりを、「サル」か、「人間」かに区別する言葉だ。
読んで字の如く「我が儘」に生きる
決して「誰がために鐘は鳴」らさない。
判断をするのは誰?
あなたがするのならばいわゆる「ボランティア活動」も「わがまま」の一つだよ。
えっ? 「やれって言われた」だって?
誰に? 権力者に言われたの? 「従うことにするよ、いやいやだけど」へえ。
それを決めたのは誰だろう? 従うのを決めたのは誰?
それはあなた自身だろうし、あなたしかあり得ないだろう。
あなたは自分の判断で「従うこと」にしたんだよ。すごいじゃん。
自分で何でも決断してるじゃないか! ちょっとは相談くらいしろ、この「わがまま」野郎め!
日本では信仰する神だって選べる時代なのだから、
自分の振る舞いくらい好き勝手したところで問題ない。
「わがまま」
もちろんそれであなたに不利益が生じる場合もある。
同僚に白い目で見られたり、いざというとき援助してもらえなかったり。
でもさ、それを見越して「わがまま」いう場面だってあるさ。
尻を拭く覚悟はいつだって出来ているんだ。
最後に。
他人の「わがまま」が苛立ったり羨ましく思うなら、
それを奪うことや無価値なものにすることだってできる。
そうだろう、マルクス?
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